20代の前半の頃の話になる。仕事が終わって家に帰ろうとした、今日は兄貴
の車に乗って来てる、その日は雨が降っていた、僕と同じ方向へ帰る人が1人
居る僕より2歳若い男だ、僕も彼も車で通勤してる、たまたま帰る時間が同じ
だった。くそじじい競争しよう、分かった、じゃあ先に行けよ!いきなりぶっ
飛んで行きやがった、ハハハハハ~バカだなあいつは、僕はいつもどうりに走
って行った、ひたすらくねくね曲がった山道が続く、やっとゆるいカーブに差
しかかった、少し下り坂になっている時速は120キロ位だ、突然ハンドルが
効かなくなった、何だ!スピンしながら道路脇の斜面を登って行ったかと思っ
たらひっくり返って落ちて来て道路を天井で滑って行く、天井がメリメリと音
をたてて潰れてくる、やばい!ペッチャンコにされる!ガラスは全部割れて
る、あ~もう駄目だ!次の瞬間からすべてがスローモーションになった、一気
にいろんな事を同時に考えられる、天才になったのか?と思う、天井と床を潰
れないように手で押さえてる、体って無意識に生きようとするんだよ無駄な事
なのに、おかしくて笑えてくる、車検証が落ちてきた、ガムも落ちてきた、油
の匂いがしてきた、燃えないだろうか?フロントと運転席の窓がペチャンコに
なった、自分は助手席の方に頭をやって横になる、早く止まってくれないかな
~もう100メートル以上すべってるな~、兄貴に怒られるな~、明日仕事ど
うしようかな~、みんな笑うだろうな~、ひたすら長く感じる、やっと止まっ
た、助手席の窓がまだ少し開いてる、なんとかここから出たい、頭を横にした
ら、頭だけ出た!このまま動けなくなったら、まるきり亀だ、人に見られたら
笑われる何とか速く出なければ、狭くて出れないでも気合いで出た、車は亀を
裏返したようになってる、ボコボコで泥だらけ傷だらけ。どうしよう!、と呆
然としてると、ちょうどそこに先に行ってた彼が引き返してきた、わ~なんて
事だ!あんまり遅いから見に来た!怪我はしてないか?お~大丈夫だ。彼に乗
せてもらって近くの公衆電話から家に電話をした、近くと言っても車で15分
くらいかかる、兄貴はまだ家には帰ってなかった、電話をして現場に戻って来
た、兄貴がいた。お~生きてたか~この車を見たときにはもう間違いなく死ん
だ!と思った怪我もしてないのか?ハハハハハ信じられない。車はスクラップ
行きになった、兄貴がローンで買った新車でまだ1週間目の事、任意保険に入
る前日の事だった。不思議なのは「死ぬ!」と思った時必ずおかしくてしょう
がない、この後から今まで何度も「死ぬ!」と思った事がある必ず笑ってる、
本当に死ぬ時、僕は笑顔で死ぬと思う。 (本)